ネコの食欲刺激剤~ミルタザピンの活用~

 この記事は不定期に更新・加筆しています。


 大切なネコちゃんの食欲が低下することは、あらゆるオーナー様の不安や心配につながります。

 口からご飯を食べる

 ということは生きることそのものであり、

 おいしそうにごはんを食べているネコちゃんを見守ること

 がオーナー様の喜びや幸せにつながります。

とはいえ、

 食べること=食欲は様々な病気によって低下してしまいます。

 食欲低下を招く病気は数あれど、猫の慢性腎臓病はそのような病気のなかでも比較的多いものだと思います。

 猫の慢性腎臓病でもステージ初期の段階では、それほど食欲は低下しません。

しかし、

 ステージ中盤以降になってくると尿毒症の影響もあり食欲が低下して体重がすこしづつ減少するネコちゃんが増えてきます。

 皮下点滴を代表とする対症療法を継続していたとしても、だんだん食欲が低下するor食欲がでないネコちゃんを日々よく診察します。

 週に数回皮下点滴のために懸命に通院されているオーナー様の中には、

「ごはんをたべないことがなによりつらい。なんとか食べてほしい」

 切実な思いを吐露される方もいます。

同時に、

「皮下点滴の他に、なにか食欲がでるお薬はないですか?」

 という質問をされる方もいます。

このような時に、

 皮下点滴を代表とする対症療法の他に、食欲刺激剤をオーナー様に提案することがあります。

以前であれば、

 商品名ペリアクチンという錠剤を食欲増進のために提案→処方することもあったのですが、諸般の事情により流通が安定していないので現在は処方していません。

そのかわりに、

 ここ何年かはミルタザピンというお薬を提案しています。

ミルタザピンと食欲刺激作用

 ミルタザピンは人間の抗うつ薬として使用されている錠剤(人体薬)になります。

 この薬のくわしい薬理・作用機序は割愛しますが、慢性腎臓病の猫に対する食欲刺激作用が報告されています。
 ~慢性腎臓病以外の病気でもその作用はあります~

 「ミルタザピンの猫への使用は人体薬の適応外使用になるが、広く獣医療で使用されていること」をオーナー様にお話ししたうえでの使用になります。

 使用感としてはそれなりに感触があるのですが、すこし欠点があって

欠点①:猫だと錠剤を1/8にする必要性
~錠剤を8分割カットするにしても粉にして8分割にするにしても処方がなにかと大変だな…~

欠点②:口から飲むタイプのお薬
~食欲が低下しているネコちゃんに薬を飲ませるのはちょっと大変だな…たとえ2日に1回だとしても…~

リフレックス錠 猫 ミルタザピン

↑ミルタザピンの錠剤。1/8にカット分割することもできなくはないのですが…粉にしたら粉を調剤者が吸い込む可能性もあるし…

そんななか、

 数年前からミルタザピン軟膏が動物薬として海外で発売され、耳の内側に軟膏を塗るだけでミルタザピンを投薬できるようになりました。
 ~経口ではなく経皮投与のミルタザピン~

 商品名はMirataz(たぶんミラタズと読むと思います)といいます。

Mirataz(ミラタズ)軟膏

↑可もなく不可もないパッケージです。使い始めは蓋を開けた瞬間にニョロっと自然に軟膏が飛び出してくるので要注意です。軟膏あるあるです。

 食欲がなくても容易に投薬可能なため、そういう点でいい薬だと思います。

 Mirataz(ミラタズ 以下読み方省略)の箱には1日1回3.8㎝耳介の内側に塗るように書いていますが、用法用量については猫の状態をよく診たうえで私は決めています。
 ~そもそも、ニョロっと出た軟膏は太さが一様でないこともあるので㎝だけで判断しきれないようにも思います~

↑手袋をした指に出したMirataz。投薬の際には必ず手袋をします。せめて指の先だけでもガードします。ウネウネした感じになるので正確に3.8㎝は難しいと思います。

 1日1回3.8㎝が必ずしもすべての猫にベストとは私は考えていません。

 少なすぎても効果ないし、多すぎても副作用が心配。ちょうどいい用量が個別に存在します。それを判断するのが他ならぬ獣医師の仕事です。

Mirataz(ミラタズ)軟膏の塗り方

 まず、大原則として必ずゴム手袋にMirataz軟膏を必要量とって猫の耳に塗ります。

 私見として素手で塗ることは絶対やめたほうがいいと思います。

なぜならば、

 めっちゃ皮膚から吸収されそうな軟膏だからです。

 一度、不注意で自分の指に軟膏がついたことがあるのですが、かなりオイリーな軟膏でスイスイ皮膚から成分が吸収されそうに思いました。

 薬の曝露を避ける意味でゴム手袋は必須だと痛感しました。

 ちなみに、毎回ゴム手袋1つ使うのはもったいないのでゴム手袋の指部分を切って、指サックみたいなのを作って使用しています。

 こうすれば、1つのゴム手袋で5回使用できます。

あと、

 必要量を1本線でとる(上の写真みたいに)のは猫の耳に塗るときに塗りづらいので、最近は下の写真のように3段の直線にして塗るようにしています。

↑いろいろ試行錯誤を繰り返した結果、軟膏3段がベストと私は判断しました。その日その日の猫の状況に合わせた必要量を増減しやすいし、なにより耳に塗りやすいと私は思います。

さらに補足ですが、

 2023年7月現在、外の気温は上昇し室内の気温も上昇しています。

 これまで常温で保存していたMirataz(ミラタズ)軟膏も室温上昇とともに支障が出始めました。

どういうことかというと、

 経皮吸収という基剤の性質上めっちゃ油っぽいMirataz(ミラタズ)軟膏が室温において溶け始めました。
 ~いろいろな軟膏を扱っていますがここまで溶ける軟膏は初めてです~

 ゴム手袋に出しても油みたいにベトッとなって必要量の把握が困難になってきました。

 ミラタズの箱には、

 Mirataz(ミラタズ)軟膏は25度以下で保存してください

 と注意書きがあります。

Mirataz(ミラタズ)軟膏の箱

↑Mirataz(ミラタズ)軟膏の箱の赤枠内に25度以下保存と書いてあります。使用感として想像以上に融点の低い軟膏だなぁと思いました。季節に関わらず冷蔵保存にしたほうがいい気がしています。

ということで、

 冷蔵庫で保存する

 ようにしています。

 冷蔵保存のミラタズを猫の耳に塗布しても「冷たくてビックリする」ようなことは経験上ないので夏季は冷蔵保存していきたいと思います。

Mirataz(ミラタズ)軟膏はほんとに効果あるのか?

 Mirataz軟膏は

 食欲増進効果がたしかにあるか?ないか?

ひいては、

 食欲upを通して猫の体重増加があるか?ないか?

 でいえば大なり小なりあると思います。

 ミルタザピンの錠剤ではそれなりの感触だったのですが、Miratazではたしかに効果はあるのかなぁという気がします。
 ~投薬の確実性の問題かもしれません~

 Miratazを慢性腎臓病の猫の耳に塗布した時、数時間後に効果が出始めて、1回の塗布で2日弱効果があるように感じました。

 けっこう即効性のあるお薬で、通院の猫に院内で投薬して自宅に到着するころにはごはん食べ始めたという声をよく聞きます。

 ステージ末期の悪性乳腺腫瘍の猫に対しても驚くべき食欲回復効果を経験しました。

逆に効果が乏しいと思ったのが、

 尿毒症がかなり進行した慢性腎臓病の猫に対してです。

 なお、耳介への塗布に対して嫌がるネコちゃんを経験したことはありません。

Mirataz(ミラタズ)軟膏の副作用は?

 重篤な副作用は今のところ報告されていないと思います。

ある報告によると、

 Mirataz群と偽薬群を比較して両者間で副作用に有意差がなかったようです。
 ~それでいてMirataz群の動物の体重は有意に増加しています~

とはいえ、

 副作用が全くないわけではなく

 にゃお~~~んみたいな行動の変化

 なんかハイ↑↑になったような感じ

 みたいな行動に関する副作用はオーナー様から比較的多く報告をうけます。

 投薬して数日、なんか落ち着きなくうろうろしてみたり窓から外を見てにゃお~~んと鳴いているといった行動変容のお話も聞きます。

このように、

 いまだかつてオーナー様が経験していなかった猫の行動を確認することもあります。

 この行動変容のために、Miratazの耳介への塗布を控えたいというオーナー様も経験しました。

 その許容範囲はオーナー様次第ですが、重篤でないにしても副作用は存在します。
 ~Miratazの用法用量にも依存すると思いますが…副作用がないということは効果もないと捉えることもできます~
 ~Miratazは肝臓や腎臓への悪い影響もあります。それだけに適応の吟味や定期的なモニタリングが必要になります~

なお、

 このような行動変容は投薬期間が長くなるにつれ和らぐ気が近頃はしています。

 Mirataz使用初期では行動変容が見られていても、その後それがあまり見られなくなるネコちゃんがけっこう存在します。

逆に言うと、

 副作用が減るということは、食欲刺激作用もだんだんと弱ってくることとのトレードオフだとも私は思っています。

それと、Mirataz(ミラタズ)軟膏に

 人で確認されるような鎮静作用、睡眠作用は猫ではあまり報告されてないようです。

Mirataz(ミラタズ)軟膏はすっごい薬なのでどんどん使おう!なのか?

 Miratazはよく考えられた薬(特に投与方法として)だと思うし、適応を考えて効果的に使用すればすごくいいと思います。

ただ、基本的には

 猫が食べないのには必ず理由があります!

 食欲を低下させている病気(原因)が何かあります!
 ~当たり前ですが…~

だからこそ、

 まずは、病気(原因)への対処が第一になります。

 その病気(原因)へのアプローチなくしてMiratazに頼るのはあまりよくないかなぁと思います。
 ~まあ、当たり前のことなんですが…~

 そういう意味でどんどん積極的に使おう!とは思いません。
 ~薬剤の価格の問題もあります~

 病気(原因)へのアプローチをした上での次の治療オプションになります。

 Miratazを闇雲に使用すると、裏で病気(原因)は悪化していっているのにMiratazを投与し続けて食欲刺激だけしている!

 という状況になりかねません。

ここで一瞬話は変わりますが

猫の食欲が低下する原因はいったいなにかな?

 を私なりに考えてみます。

 私の中で猫の食欲低下という臨床症状でパッと思いつく大まかな疾患は、

ⅰ発熱 ⅱどっか痛い ⅲ口内炎 ⅳ肝臓疾患 ⅴ腎臓疾患 ⅵ膵炎

 この6つかな?と思います。
 ~もちろんこれだけではありませんが…~

話は戻ります。

 上記のような疾患の鑑別と診断そして治療をしっかりした上でそれでも食欲が…

というときに、

 Miratazを併用して全身状態をupさせることは全く問題ないかなと思いますが、疾患の治療はそこそこに、しかも治療の目的もあやふやなままにMiratazに頼りきって

「少しでも食べだしてよかった♪」

 にはならないと思います。
 ~かえって疾患を悪化させる可能性すらあります。そもそも食べるようにさえならないかもしれません~
 ~Miratazは万能で夢のような薬ではありません~

 Miratazに疾患を治す直接的な力はありません!

 食欲を刺激しているだけです。

 不利な形勢をいったん多少なり良化させて、形勢を立て直すきっかけにする!

そのような意味で

 猫のMiratazはマリオカートのダッシュキノコ(しかもトリプルじゃない)みたいな薬のような気がしなくもないです。

 ダッシュキノコがMiratazで疾患の治療がジュゲムさんにお世話にならないドライビングテクニックのような感じでしょうか?分かりづらい例えですが…。

 疾患(≒カート)をできるかぎりコントロールしつつ、Mirataz(≒ダッシュキノコ)を効果的に利用する!

 こんな感じの使い方がいいのかな?と思います。

もしも、

 Miratazもしくはミルタザピンを投与しても効かない=食欲がでないというのであれば食欲低下の原因となる疾患が相当に深刻であると考える必要があると思います。

 レインボーロードでダッシュキノコを使ってダッシュ状態でコースアウトしているような状態です。少なくともコース内を維持できる技術がなければダッシュキノコは意味を持ちません。余計に状態を悪化させます。

まとめ

 耳介に塗るだけで投薬できるミルタザピン=Mirataz軟膏はなかなかよく考えられたお薬です。

 猫の慢性腎臓病だけでなく他の疾患、たとえば猫の扁平上皮癌への適応なども考えられると思います。

 ただ、食欲を低下させている疾患(原因)を治す薬ではなく食欲を刺激しているだけの薬です。

それだけに、

 闇雲にMiratazを使うことを私はおすすめできません。

 食欲低下の原因となる疾患の診断・治療をしっかりした上で、

さらに、

 食欲を低下させる隠れた原因が他にないかも常に考える。

そのうえで、

 現在の全身状態を考慮して効果的にMiratazを使用すればネコちゃんの生活の質は上がると思います。


 獣医療ではMirataz(ミラタズ)のような新しいお薬がどんどんでてきています。

 そのような新しいお薬も活用しつつ、オーナー様と動物と獣医療スタッフの気持ちのベクトルがそろった地道な治療をできたらな♪と私はいつも思っています。

猫の情報
2023年02月26日