ネコの食欲刺激剤~エルーラの活用~

 慢性疾患に伴う食欲不振や体重減少を示す猫の体重増加を効能とする動物用医薬品エルーラ(一般名:カプロモレリン)が2024年11月に発売されました。

 今回は新しいネコの食欲刺激剤エルーラ(一般名:カプロモレリン)についての紹介記事になります。

 日々、非常に多く閲覧していただいているネコの食欲刺激剤~ミルタザピンの活用~という記事には食欲刺激剤に対する私のスタンスが書かれています。

なので、

 今回はそのことをあまり書きません。

 現時点でエルーラ(一般名:カプロモレリン)についてオーナー様にお知らせしたいことを10個書いていきます。

 ということで、早速始めます!

 私が知らせたいエルーラの10のコト

なお、この記事は不定期で更新・加筆していきます。
最終更新 2024年12月24日
以下、エルーラの一般名:カプロモレリン表記は省略します。

①新しい薬なのか?

 海外では犬用の食欲刺激剤としてエンタイスというカプロモレリン製剤がすでに販売されています。
 ~日本では未承認の薬なので輸入が必要となり、やや使いづらいかな?という印象です~

なので、

 エルーラはカプロモレリン製剤として考えると別に新しいものではありません。

ただ、

 猫の食欲刺激剤として日本国内承認を得て販売されたという点では新しいと言えます。

 エルーラの登場により猫の食欲刺激剤は今後エルーラとミラタズの2本柱になる予感がします。

エルーラ

↑ピンクの特徴的なパッケージ。薬の棚に置いているときに目立ちやすいなぁという印象です。

どちらかというと、

 国内で入手しやすく適応内処方になるエルーラの方がポピュラーになるかもしれません。
 ~ミラタズは日本で未承認未発売のお薬なので入手しやすさはエルーラに劣ります~

さすがに、

 ジアゼパムやペリアクチンを食欲刺激剤としてこれから使うことはもうないだろうと思います。

②なんで食欲がでるの?

 エルーラは生体の中で主に胃から分泌されるグレリンというホルモンと同じような働きをします。

なので、

 難しく言うと、
 エルーラはグレリン受容体作動薬になります。

 簡単に言うと、
 エルーラは薬として導出された飲むグレリンのようなものということになります。

 エルーラはグレリンのように、脳の視床下部にある食欲中枢を刺激することによって食欲を増進させます。
 ~食欲低下の原因(慢性疾患)にアプローチして食欲増進させているわけではありません~

③体重増加の効能も!

 エルーラのすごいところは食欲を刺激するだけでなく、体重増加までも目指せるところです。

では、

 なぜ体重増加の効能まであるのかというと…

 エルーラは食欲中枢を刺激する作用だけでなく、成長ホルモン分泌促進作用も持っているからです。

 成長ホルモン分泌促進作用→体重増加?

 を考える前に猫の慢性腎臓病と体重減少を考えます。

④猫の慢性腎臓病と体重減少

 猫の慢性腎臓病治療で来院しているオーナー様は(その猫の)体重の増減について非常に関心が高いと私は感じます。

 通院での皮下点滴の前に体重を必ず測定しますが、その体重に一喜一憂されるオーナー様は珍しくありません。

 猫の体重が減少することはオーナー様にとって大きな不安要素になります。

 体重減少を抑えることは猫のためでもあり、オーナー様の心の支えにもなります。

では、

 なんで慢性腎臓病になると体重が減少してしまうのでしょう?

・食べる量=栄養摂取量が減るから
・食欲が落ちてしまうから
 ~慢性腎臓病によって体力が落ちてしまい食べられないor気持ち悪くて食べられないなど~

 単純に食べなければ痩せてしまうよね…
 というのはその通りですが、それだけで説明はつきません。

 慢性腎臓病によってエネルギー代謝が変わってしまうから

 という理由もあります。

 どんな感じかと言うと、

慢性腎臓病でいたんでいる腎臓から悪い物質(≒炎症生サイトカイン)が産生される
 ↓
この炎症性サイトカインに誘発されて全身に炎症反応が起きる
 ↓
全身の炎症反応によってエネルギーを生み出す経路が変わってしまう=代謝の変化(異常)

 代謝の変化が起こると、

 前回記事のケトーシスの時に説明したように、
 通常はエネルギーが不足すると脂肪を消費して体をなんとかしようとするのですが…

 病気のせいで代謝が変化しているので、脂肪より先に筋肉を消費するようになります。

 筋肉が消費されると、筋肉がなくなっていくので体重は減少するし、猫の動きも悪くなります。

 ザっとこんな感じです。

 慢性腎臓病→炎症性サイトカイン→代謝の変化(異常)→筋肉量の低下→体重減少
 ~いわゆる悪液質です~

 ということが起きるので、

 (慢性腎臓病になる前と)
 同じように食べていたとしても体重が減少してしまうこと

 もあります。

よって、

 (猫の慢性腎臓病において)
 食欲を刺激するだけでは体重を思うように維持できないことがあります。
 ~なぜなら、エネルギー代謝が変化しているから~

 猫の慢性腎臓病と体重減少について、こんな仕組みがあることをオーナー様に知っていただきたいと思います。

⑤筋肉量を増加させよう

 ここで話を戻します。

 エルーラには前述したように脳下垂体からの成長ホルモン分泌促進作用もあります。

 この成長ホルモンが肝臓に働きかけてインスリン様成長因子(IGF-1)の産生を促します。
 ~IGF-1は筋肉量増加に重要な役割をしています。ボディビルダーの中にはIGF-1を注射している人もいたようです~

 このIGF-1には筋肉量を増加させる働きがあるので、慢性腎臓病のせいで起きた代謝変化からの筋肉量の低下を抑制してくれます。

つまり、

 筋肉量の低下から(エルーラによるIGF-1産生増加によって)筋肉量増加へと代謝を変化させる→体重の増加

 これがエルーラの体重増加という効能の仕組みになります。

そして、

 成長ホルモン分泌促進作用→体重増加?

 その答えになります。

⑥ミラタズの仕組み

 ミラタズ(一般名:ミルタザピン)の食欲刺激剤としての詳しい仕組みは難しいので割愛します。
 ~ミルタザピンは抗ヒスタミン作用と抗5HT2c作用によって食欲を増進させています~

 かんたんな仕組みは

・食欲を抑える働きを抑制する
・満腹を感じにくくさせる

 というものになります。

要するに、

 脳の中の食べることに関わる部分を刺激して食欲をださせる!

 こんな感じです。

 エルーラのように代謝の変化がどうのこうのといった作用はありません。

 当然、悪液質に伴う体重減少を直接なんとかできる作用もありません。

ちなみに、

 ミラタズとエルーラの違いを考える前に知ってたほうがいいかなぁと思ったのでミラタズのかんたんな仕組みを先に書いてみました。

⑦ミラタズとエルーラの違い

 猫の使用に限ってかんたんに私が思いつく違いを書いていきます。

(1)処方しやすさは?

 圧倒的にエルーラが入手しやすいし、処方もしやすいです。

 エルーラは日本国内で承認を得て販売されているものなのでどこの動物病院でも取り扱えます。
 ~発売して間もない今は流通が安定せず、すぐ手に入りませんが…~

 液体の薬なので分注してオーナー様に処方することもできます。

それに比べて、

 ミラタズは(国内承認を得ていない)海外の薬を輸入して獣医師の裁量権で使用しています。

なので、

 エルーラよりは購入や使用に対する敷居が高いことは間違いありません。

 当院へのミラタズ関連の電話問い合わせの感じだと、取り扱ってる病院がそれほど多くない印象です。

 軟膏という形態なのでオーナー様に分けて処方というのもすこしやりにくいです。

(2)食欲を刺激するだけか?

 ミラタズは食欲を刺激するだけ

 ちなみに、吐き気を抑える作用もある
 ~なにげにこの吐き気を抑える作用がでかかったりするのですが…~

 エルーラは食欲を刺激するだけでなく、成長ホルモン分泌促進作用によって筋肉量増加からの体重増も狙えます。

(3)体重増が強いのは?

 どちらも体重増加効果を示す論文or報告があります。

ただ、

 エルーラミラタズを比較した論文or報告を私は見たことがないのでどっちが体重増に優れているのかはわかりません。
 ~理論上はエルーラがよさそうですが、はたしてそうなのかはわかりません~

 私の感覚でもどっちが?は今のところわかりません。

いずれにせよ、

 2.8kgの猫が4kg~5kgに増える!という薬ではありません。

 体重維持から微増に役立っているなという印象です。

(4)作用発現スピードは?

・投薬してどれくらいで(オーナー様目線で見て)食欲がでてくるのか?
・作用発現スピードは?

 ミラタズの効果発現は早いと感じてます。
 ~投薬から30分で効果が目に見えて発現するというのは全然稀なことではありません~

それに比べて、

 今の所の話にはなりますが…
 ~エルーラの猫での使用経験がそれほど多くないので何とも言えないところもあります~

 エルーラはじわじわ効果発現してくる印象です。
 ~エルーラの印象は今後変わるかもしれないので、その時追記します~

(5)投薬しやすいのは?

 投薬しやすいという点では(個人的見解ですが)ミラタズの圧倒的勝利です。

 耳に軟膏を塗るだけという超簡単な投薬方法に勝る薬はないと思います。

それに比べて、

 エルーラは飲むタイプの薬ということもあって飲む飲まないの問題がでてきます。

 エルーラは猫の嗜好性がアップするように工夫されているということもあるので、
 ~エルーラはあま~~いバニラの香りがします~
 ~自分で飲んだことがないので実際の所はわかりませんが、苦みを抑えるように甘味料も入っているみたいです~

 猫に薬を経口投与することに慣れているオーナー様だと(投薬が)苦にならないかもしれません。

しかし、

 慣れていないと…特に液体の薬の投与に慣れていないとやや苦戦するかもしれません。

↑エルーラはこんな感じの液体です。手につくとけっこうネバネバします。そして、めっちゃ甘いバニラエッセンスみたいな匂いがします。のど越しが良さそうには私には思えません。ちなみに、エンタイスも似た感じです。エルーラは単純にエンタイスのカプロモレリン濃度違いだけだと思います。

(6)投薬時の注意点は?

 ミラタズ投薬時は必ず指に手袋をします。

 素手で軟膏を塗ると指の皮膚から多少なりとも薬剤が吸収されてしまいます。
 ~詳しくはミラタズの記事を参考にしてください~

あと、

 ミラタズ軟膏のチューブを力強く押さないことも注意点かなと思います。

 チューブが力でつぶれてしまうと、先からとめどなく軟膏がでてきます。
 ~アルミチューブのデメリットです~

なお、

 詳しくはミラタズの記事も参考にしてください。

 エルーラ投与時の注意点は、口に薬が入った時のヨダレ(流涎)です。

 技術資料や本を読むと、
 唾液腺にグレリン受容体が存在しているので、エルーラがそこに作用することでヨダレが泡状にバァ~っとでることがあるそうです。

 この「ヨダレがバァ~」を私は結構気にしています。

なぜならば、

 初回投薬時の悪い印象をオーナー様が持ち続けることがけっこうあるからです。

たとえば、

 リンパ腫の化学療法、第1クールの初回。
 ビンクリスチンなどの抗がん剤を投与した夜や次の日に動物の嘔吐がひどいorぐったりしていると、

「やっぱ抗がん剤ってめちゃきついお薬なんだな」
「このまま化学療法を続けようかな?どうしよう?」

 というような負の印象がオーナー様の頭の中に強くできてしまいます。

同じように、

 エルーラの初回投薬時に、口の周りがヨダレでめっちゃ泡だらけになって薬が飲めたかどうかわからないというようになると、

「この新しい薬大丈夫なの?ヨダレもすごいんだけど猫が嫌がってるんじゃないの?」
「なんかかわいそう。なんかこわい薬なんじゃ?」

 というような負の印象がオーナー様の頭の中に強くできてしまいます。

そして、

 それをずっと引きづってしまうことさえあります。

 こうならないために、
 私は、初回投薬前に丁寧に説明するようにしています。

エルーラを投薬した時、ヨダレがバァ~があるかもしれません」

「けっこう、派手にヨダレがでることもあります」

「でも、それは薬がまずくて猫が苦しんでいるわけではありません」

「生理的なものなのでしばらくしたら落ち着いてきます」

「投与回数を重ねてくるとヨダレの副作用が大部分で軽減されます」

「それでも薬が合う合わないはあると思うので、心配な時は連絡してください」

 のように説明しています。

↑エルーラを飲ませた後の流涎。けっこうな量でることがあります。これを見ると「この薬続けても大丈夫かな?」とオーナー様が思っても不思議ではないと思います。この流涎は時間が経つとおさまります。

(7)副作用の違いは?

 ミラタズの成分であるミルタザピンは抗うつ薬であるということもあって、メンタル面の副作用があります。

 猫においてメンタル面の副作用は行動変容という形であらわれます。

 行動変容はミラタズに特徴的な副作用です。

ミラタズを塗った後、なんか猫の様子がいつもと違う。
・床で爪をしきりにかいたり、なんか興奮していたり、ニャオニャオ鳴いたりしている。

 こんな感じの副作用はよくみられます。

ただ、

 獣医師にとっても、猫やオーナー様にとっても許容できないレベルの副作用ではないと私は考えています。
 ~実際、ひどい行動変容が理由で投薬中止したことはありません~

 エルーラ特徴的な副作用は(前述したように)投薬時のヨダレ(流涎)です。
 ~ちなみに流涎は必ず起きる副作用ではありません~

 流涎は派手に見えるので、そういう副作用を知らなかったらオーナー様はびっくりすると思います。

「この薬無理だわ」

 と思うオーナー様がいてもおかしくありません。

その他にも、

 嘔吐や下痢といった消化器症状が副作用としてでることもありますが、エルーラに特徴的とまでは言えません。

 食欲を落とす原因である基礎疾患(例えば慢性腎臓病)の症状と区別しにくい副作用といえます。

 細かいことはいろいろあれど、

 概してエルーラは安全性の高い薬剤になります。

(8)どんな時に要注意?

 どちらの薬もあまりにも腎機能や肝機能が低下している場合、用法用量を考えなければいけません。

 そういう点ではミラタズエルーラも大差ありません。

 違いを挙げるとすれば…

 エルーラを糖尿病の猫、特に比較的高用量でインスリン治療をしている猫に使用する時は適応可否をよく考えます。
 ~IGF-1の関係で糖尿病の猫にエルーラを使用する場合は慎重に適応を考える必要があります~

⑧頼り過ぎはよくない!

 ミラタズもエルーラも食欲刺激剤として魅力的な薬ですが、頼り過ぎるのはよくないと私は思ってます。

 食欲がなくて食べない→食欲刺激剤

 って感じで短絡的かつ安易に使用するものではありません。

 猫が食べないのには食べない原因があります。

・原因にアプローチしようとする!
・原因に対してできる治療をする!

 こんな気持ちを忘れずにいようと私は心がけています。
 ~猫に食べてほしい一心で闇雲にミラタズやエルーラを続けることは私はよくないと思っています~

*そのへんのことは、ネコの食欲刺激剤~ミルタザピンの活用~に詳しく書いています。

 食欲刺激剤を使用する前に、

 まずは、猫が食べやすいように食事や食事方法を工夫してみるということも大事なことだと思います。

⑨やっぱ流涎が…

繰り返しにはなりますが、

 エルーラの投薬時…特に初回投薬時に起こりうる流涎という副作用

そして、

・その副作用は投薬を続けるにつれてどうなっていくのか?
・なんでそんな副作用がでるのか?

 これらのことをオーナー様に理解していただけるように、薬を使用するにあたっての説明方法を工夫していきたいと強く思っています。

 オーナー様の投薬しようとする心が折れないように獣医師としてサポートしたいと思います。

ちなみに、

 エルーラの投薬後、別の猫にミラタズを投薬すると、

「ミラタズってなんて投薬が楽なんだ!」

 とすごく思います。

➉まとめ

 体重が減少しやすい慢性腎臓病の猫の体重をなんとかキープ、もしくはアップさせていくことは生存期間を少しでも伸ばすことにつながります。

また、

 猫がおいしそうにご飯を食べる姿を見ることは長期治療になりがちな慢性腎臓病と闘うオーナー様のモチベーションアップにもつながります。

 食べて そして、生きることはすべての動物にとって当たり前のことなのですが、それは失われて始めてそうではないことに気付かされます。

 失われてしまった食べて生きるという当たり前を取り戻すために食欲刺激剤を使用することは非常に有意義なことだと思います。

 猫の慢性腎臓病を代表とする慢性疾患の治療をしながら、プラスαとして食欲刺激剤を適宜使用していくことがいい使い方じゃないかなと私は思っています。

 国内承認がなくやや使いづらいミラタズだけでなく、国内承認を得たエルーラという治療選択肢ができたことは大きな一歩だと思います。

 ミラタズ、エルーラにはそれぞれにメリットデメリットがあります。

 それらをオーナー様と共に考えながら、よりよい治療を組み立てていきたいと思います。

 当院記事を読んだ上で食欲刺激剤での治療を希望されるオーナー様は絶対必ず副院長を指名しての来院をお願いいたします。


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猫の情報
2024年12月24日